昭和41年01月06日 朝の御理解



 「親の心を子知らず。神の思いを人知らず。」と、神様が、そういう風な、お嘆きの思いであり、お言葉であると思うですね。「親の思いを子知らず。神の思いを人知らず。」と。所が私、こう思うのですけれども、親の思いが分からない筈はないって。又子の思いというものが通い合わない筈もないし、分からない筈もない。「親はこうすりゃ喜ぶんだ。こういうあり方になれば、親が安心してくれるんだ。」と云う事が分かっとおる。分かっておるけれどもそれが出来ない所に、私は、めぐりの恐ろしさというのを感じます。私はそれを何時も思うんですがね。
 病院言うならば、何時でしたでしょうか、あのう田主丸の小野先生が、「もう先生こういう重態患者ばかり来たんじゃ、もう本当にやりきれません。」と。だからまぁ「金が儲かって軽いその患者が次々とお引き寄せ頂く様に。」と云う様な意味の事をお届けなさった事があったんです。で私が「小野先生、そりゃぁあなたの考え方が、間違っとるよ。よそでは助からん。という方があなたん所に、神様がわざわざお引き寄せに下さって、それが小野病院で「助かった。」と云う事になる時、ならその小野病院も名も上がるし、小野病院の値打ちも本当に分かるのじゃないだろうか。
 「なるほど、信心をしておられる病院だから」ということになるのじゃないだろうか。」だから、そういう考え方が出来る私、私教会でもそうだと思うんですね。本当にあのめぐりの少ない人達ばかりの集まる教会と、本当にめぐりの深い人達ばかりが集まる教会と、私はもう、本当に「日本一」と言われる様な大きな教会、なんかの場合なんかはですね、もういよいよ外では助からない、重態患者です。
 いわゆるめぐりの深い人達が集まって。そのめぐりの御取り払いを頂いて。神様のご恩、御恩徳を分からして貰うて、その人達が、中心になる教会だから、私教会が生き々として来るし、いわゆるその御ひれいが嫌が上にも輝いて来るのだとこう思うのです。そういう意味合いにおいて、私自身がめぐりが深い、また椛目にご縁を頂かれる患者じゃないし、信者ですね、まぁ確かに重態患者だと私思うです。
 皆さんどうでしょうか。私はその、「重態患者の自覚に立たなければだめだ。」と思んです。だから「人並みでは、おかげが受けられん。」と云う事です。成程「人が人偏なら、私は行人偏」という生き方にならなければ、私助からん。椛目の人達は本当の助かり、本当の助かりは出来ん。成程よその教会から、ご信心させて頂いておっておかげが受けられん。いわゆるよその病院に入院しとったけれども、おかげが頂けず、なら椛目という病院に入院変えをした、と云う様なものである。
 「もうここで助からなかったら助かる所はない。」と言う様なです私は本気でそういう気持ちを持ってです、私は助かって行かなければ重態患者である自覚。まぁ例を持って言うならです。熊谷さん当りは私は本当に重態患者だったと思うんです。15年間、毎日毎日ここに、言わば通い詰められた。だからこそご自身が助かられた。そしていわゆる婦人総代としての御用まで出来る様に、段々おかげを頂かれたと。
 今、朝参りしておられます、松本さん所の娘さん。のりこさんと仰いますが。今日、今朝も参っておられますが、あちらのお母さんが何時も言われます「もう私の方の家ぐらい、私の松本の家位、めぐりの深い家はない。」ってこう「もう是は金光様じゃ助からん。何十年の信心をさせて頂いておる。御兄弟に教会を持っておられる様な、とても教会でも持たなきゃならんと云う事は大変、私めぐりが深いっちね。そして椛目にご神縁を頂きまして、此の方と言う物はです。
 その、重態であった、言わば病気がです、段々もう御取り払いを頂いて行くとが、目に見える様にある。一家中のものがおかげを頂いて行く事がです。もう目に見える様にある。それが有難うして堪らん、楽しゅうして堪らん、もうお日参りでもさせて貰わなければおられん。」と言う様に、おかげを頂いておる。前の病院で、助からじゃった。そして椛目という、言わば病院におかげを頂いてから、ここの薬が効いたというか、まぁ治療が良かったというか、とにかく「ここじゃなからな、助からん。」というものを、松本さん一家が、感じておられる様なものじゃないだろうか。
「お母さんが今度、私が今度ひと月お参りさせて貰う。」と言うて、まぁその娘さんの、のりこさんが、毎日お参りに見えるんです。先ず「どこから、それが、生まれてきたか。」というとです「(?)松本家というぐらい、めぐりが深い家はない。」という自覚がでけてから、でけたから、私はおかげを頂けたと思う。これは熊谷さんの家においてもしかりだとこう思うです。私はめぐりのその自覚に立たなければ駄目だと思う「親の思いを子知らず」と。いよいよ親の思いを分かっておる。知っておる。
 知っておるけれども、親の思いに添えない、何かがある。それが私しゃあめぐりだと思う。親の言う事、いっちょ親の言う事聞け。親の言う事を聞きゃ、親が喜ぶし自分も助かる事も、分かっておるけれども、聞けない所にです、私はめぐりの悲しさというか、恐ろしさと言う物を感じます。そこをなら5年、10年とやって、おかげを蒙ってかげを、段々めぐりの御取り払いを頂く事が、目に見える様に感じられるところの、言わば精進が出来てくる時です。
 親の思いが分からせて貰う、親の思いに添わして頂く様に、ならせて頂いてからです、ね、「神の思いを人知らず」と仰る、「本当の意味での、神様の思いというものが、分かって来るんだ。」と私は思う。皆さんもご承知の様に、日田から中野さん。ここで今修行致しております。「正月のうん二日に帰らせて頂く。」と言うので帰れば悪い事は分かっておるんですけれども。
 「やっぱ、帰りたい。」と言うもんですから、あえてそれを止めも致しませんでしたが。帰りました。人間というものはですね、もう、この人なんかは、もう重態患者の上の、もういわゆる、重態患者なんですよね。教会に入り込んで、その修行でもせんならんという人ですから。うん、大体皆さんもご承知の様に、もう本当に良か人なんです。仏様のごと良かとこあります。
 ところがです、そのそう云う様な人が、何故親からでも、兄弟からでもです、恐ろしがられるような人かと云う事。敬遠されるかと云う事。あの人普段はもう、本当にもう仏様の様な人なんですけれども、お神酒が少し入り出しますと、もうトラ狼もじせん、ちいうごとなるです。そりゃほんと恐ろしいです。本当に私はもう本当に、もうめぐりちゃ恐ろしいと思うですね。
 とにかくもう三日間も、四日間もずっと飲み続けよんなさるです。もうありゃせんと外に出て行く、大体が酒屋さんなもんですから、自分の得意さんをよく知ってるから、得意さんやら食堂やら、どこえやらに行ってから飲むです。昨日夜、朝の電話が掛りましてから、又帰ってから酒飲み始めてからもう三日間飲み続けとるっち。もう周囲の者がもうおっかさんな、付いて回ってもう、本当に昨日、だからこのまま自動車に、あのこう押し込むようにしてから「母親と二人で、椛目の、方に向かいましたから、どうぞよろしくお願い致します。」という電話が掛って来た。
 間もなくしてこちらに着いた。私昨日二階で一人、客間で総代さん方の、昨日総代さんの会が御座いましたから、二階で一人待っとる所へ親子二人で二階に上がって来た。もうどこかでか泥だらけになってですね。手もケガしここにこうこ擦り剥いた様で、そりゃもう随分そのやっぱり、荒れたじゃろうと、こう思うんです。どうにも、こうにも、できん。そんで、私の前に出た時は、酔うとらんごとしとるですもんね。
 「先生、ただ今、帰りました。」っち言うてからこうしとるです。「ああそりゃ帰ったな。もう疲れとるから、二階上がってから、あちらの修行生の方達がおる、二階の方であの休みなさいっち。お母さん、休ませなさいっち。」「はい」っち言いよったけれども、「けれども先生、もう一遍あのう久留米の姉ん所に、行きたいと思います。」そして、言わすとです。「もうあんた、ここで休みなさい。」っ言うて、お母さんが、ほんに言うけれども、「もう、一遍久留米に行って、そしてから帰って来る。」。
 そして、そのコソコソ降りて、まぁだそのまま久留米にまた乗って来た自動車、を待たせっとたのでしょうか、行きました。夕べ遅う電話が掛って参りました。若先生が受けとります。それが、矢張りお母さんと二人で、こちらに向かって帰って来よる。所が善導寺まで来た時にですね、もうどげん言うても、降りると言うそうです。そして降り「降りる」と言う、降りなさんな」と言う、もうすったもんだしとる内にです。
 とうとうその降りて行ってから、「どこ行ったじゃか分からない。っち。言わば行方不明になりましたから、私はもうこのまま日田の方に帰ります、と。どうぞよろしくお願いします。」という、お届けがあった。さぁ私は夕べ皆さん、壮年部会でしたから送り出して、御祈念さして貰って休む時にゃ、丁度もう十二時。もうすぐ十二時という時でした。休まして頂きましたけれども、休まれん。
 もうすぐそこまで帰って来ておるんですからね。誰も身寄りもなか知ったんもおらんこの寒空にですもう本当に酔ってから川にどん落ちとるんなら必ず凍え死ぬです。もう休まして頂いたけれども、ゴトッと言うたっちゃ自動車が止まった音が聞こえたっちゃ私は度々起きて参りました三べん起きました。十二時から四時まで四時まで一睡もされんとですもん。とうとう二へん目に私本当にこの近辺まで帰って来とるかもしれんけん、と思うて椛目の一番向こうの方の端から、こっちこう(?)私のぞいて回りました。
 もう昨日は、こうこうとした月で御座いました。ですから皆さんこう言った所まで分かるんです。そりゃバスの停留所の、あのうベンチに誰かこう、が寝ている感じですもん。だから私あそこまでもう行きましたけれども、誰もおりませんでした。ところが私こちらを見ましたら、あの見知らぬ単車がおいちゃりますもん。「はぁ、ひょっとしたら、こりゃ単車で帰ってきとるばい。
 こりゃ、中野さんの単車に乗ってきとる。」。それからまたぐるぐるこう回って、川の下の方へ致しました。もうこっちの方が、寝れなくなる程、冷え切ってしまってから。うん。そして私思いましたですね。本当に神様の思いとか、親の思いというのは「こうだろう。」と、私思うたです。「自分の子供の中に、くずの子がありゃ、くずの子ほどかわいい。」と、こう仰る。出来損ないの息子がおりゃ、ほんに出来損ないの息子がおりゃ、おるとすりゃ可愛い。
 それこそ夜中に寒けりゃ寒い、暑けりゃ暑いでですたい、「今、どげんしとるじゃろうか。ひょっとして帰ってだん、来よらんじゃろうか。」と。夕方にでもなったらです、表に出てみてから。表を覗いて見ろごとあるのが親心なんです。親の心というのは、丁度親というその字と同じように、「木の上に立って見る」と書いてある。親という漢字はですね、分解いたしますと、「木の上に立って見る」と。もうそれこそ、もう木の上にでも登ってみてから「向こうの方から、帰ってだん来よらんじゃろうか。」と思うて見る、それが「親心じゃ」と。
 もうとうとう四時まで、休みませんでした。私の長女が、ご神飯炊きに起きますから、「あっ、もう、あの人が起きたなぁ。」と思ってからフラッと致しましたです。だけね。「どういう事に、なっただろうか。」と。神様は、「奈良漬にする。」と仰った。「どういうような意味じゃろうか。」と、その言う様な事を、一生懸命考えた。私今日皆さんに、本当にあの「親の思いを子知らず。」と。「神の思いを人知らず。」と、いや信心でもさせて頂いておりゃあ、いや信心しよらなくてもです、親の思いが分からん筈はない。分からん筈はないのだけれども、その言う事を聞かれない。
 「それが病気だ。めぐりだ。」と云う事なんです。ですからここんところのです、皆さんでもそうですよ。こうやって朝晩に、御理解を頂かれる。言わばこれは親の思いを、皆さん神様の思いを、こうやってお取次ぎさせて頂いておるんだけれどもです、「こうすりゃ、おかげが頂けれる。こうしてああすりゃ、こうなるんだ。」と、答が出ておるんだけれども。
 そう出来ない所にです、皆さんめぐりの自覚を、をしなさらなければいけんのですよ。だから、一通り分かっただけじゃでける筈がないと。その本当のめぐり素直に聞いて、それが実行出来れる様なです素直な、私は信心が出来る所まで、めぐりの御取り払いを頂かせて貰うてです。親の思いにも、添わして頂くと。今日曜たんびんに、あの少年少女部会の人たちが8時から、みんな集まります。そしてこの冬休み中を、「御祈念をする」と言う訳なんです。若先生を先頭にして、御祈念をしております。
 私若先生がひとたび御理解した後に、また私が一口御理解を、何時も伝えるです。昨日の御理解の中に私が申しましますんです。「皆んながこうやって、小さい時から信心の稽古をしておると云う事。誰が一番喜ぶと思うか。」と私。「成程、勿論神様が、喜んでござるけれども、一番、身近に喜んで下さるのは、あんた達のお父さんだよ。お母さんだ。」と私。「何を喜ぶか。」っち。「このまま育っていけば、大丈夫。
 この人達がここで信心さえしていってくれれば、大丈夫。」と思うから「親が安心するのだ。親が喜ぶのだ。」と私。私も今日そのフラッとさせて頂きましたら、その三、四、十分の間にお夢頂いておった。山本の道をずっと私言わば、その随分長く歩いて来てるんです。そして行く所がその目的というのが分かってるんです。そこでその「どうもこれ間違ってどんおらんだろうか。」という気が致しましたからそこんにきうん家が一軒あってから何人かおんなさいますからその人達に、「私何って云う所に行こうと思いよるのですけれども、この道で良いでしょうか。」っち尋ねた。
 「あぁ、あぁこの道でいいですよ、と。これを横さえ道が幾らもありますばってん、まぁっすぐ、行きさえしなさなさりゃそこに届く。」っち。そし、「私が、あちらの方に行きますけん、私が連れて行ってあげましょう。」そんわざわざ連れて行く程じゃないけれどもです、「私が、そちらの方に行きますから、私が一緒に行ってあげましょう。」っち。「丁度あなたはそこに行くまでの、半分道まで来てとんなさるですよ。」と言われて目が覚めた。あぁそしてから、その人があの「私は大体善導寺のもん。
 あなたは椛目ですか。」っち。「なら近所ですたい。」っち言いよる所じゃった。私は、善導寺と云う事は、あぁ「善い方へ導く」と。善導寺と云う事は、私の親教会。導いて下さる人が、私の親先生。私そんな風に感じた。「これまっすぐ行きさいすりゃあ、間違いなのない目的の地に行くんだ。」と。「それが丁度、今あなたがそこの目的の、今真ん中まで来とられますよ。」とこう言う。私教祖の神様が仰った、「『今、中』という気でおれ。」と仰る、「そう言う様な事ではなかろうか。」とこう思うた。どんなに時代でも、どんなおかげを頂いてもです、「今、中という気になれ。」と。
 皆さん例えばめぐりの自覚に立たれてです、めぐりの御取り払い例えば今私が熊谷さんとか、もうその松本さんの、例を申しましたがです。これからも信心が続けられて行く本当の目指した所まで行く為にはです、やっぱり「今中」という気持ちが必要じゃないだろうか。そしてそこには善導して貰える人がやっぱり必要であると云う事。そういう中にです、私は親の思いに添われる、素直な心というものが愈々育たして貰い。
 親の思いに添わして貰い、親に喜んで貰える、信心にならせて貰うてから、始めて「神の思いを人知らず」と仰る神様の思いを、私共が体得する事が、出来るのじゃないでしょうか。私共が、成程こうして、ああすりゃおかげになる事が、分かっておってそう出来ない。そこに、めぐりを感じます。しかも悲しいまでに感じます。中野さんの、それじゃありませんけれどもです。
 皆さんの思いでも、私が中野さんに懸けておる思いというもの、その思いと同じ思いをです、やっぱり皆さんの上にも懸けられておると云う事です。「その思いに添わせて頂こう。」と云う事になったらです、その一点だけで、一切の事が解決するです。そこんところの、私はおかげを頂きたい。いよいよ親の思いに添えれる信心。為には先ず、そのめぐりの自覚に立ち、めぐりの御取り払いを頂かせて貰う事。
 言わば素直な治療を受けさせて貰うてです、切開手術もせなならん場合、切断せなん所は、切り取らせて貰うてです。おかげを蒙らせて貰い、「うちとる難し、されど妙賀かな」ね。そりゃ難しいけれども。それを切り取った後の、すっきりすること。妙賀である。喜びの妙が受けられる。喜びの妙に触れられるということを、楽しみにです。お互い本気で、改まりに、改まっていかなければならんというふうに思うですね。
   どうぞ。